第8回日本医療安全学会学術総会 読み込まれました
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概日時計と 勤務時間 

概日時計と 勤務時間 

山口大学時間学研究所 教授

明石 真(あかし まこと)先生

 地球の自転により環境は周期的な変化を毎日繰り返している。生物がこの約24時間周期の環境変化を予測するように行動生理機能を発現できれば、厳しい自然環境下の生存競争において大いに優位となる。実際、地球上のほとんどの生物は、これを可能にするために進化の過程で概日時計(約24時間周期の体内時計)を獲得している。この自律的な計時機構のおかげで、生物は周期的環境変化に適応することが可能となった。

 概日時計を生み出す振動機構の実体は、「時計遺伝子」の自律的な発現振動だと考えられている。この自律振動によってゲノムワイドなレベルで遺伝子発現の概日リズムが発生しており、その結果として、多岐にわたる行動生理機能の概日リズムが生じている。そして、時計遺伝子が構成する振動体は細胞自律的であり、体内のほとんどの細胞に存在することがわかっている。全身にわたって存在する細胞レベルの概日時計の計時精度は高くないため、間脳視床下部の視交叉上核がこれらを統合することにより、全身としてまとまりある概日リズムが維持されている。

 概日時計は周期的な環境変化と同調している際には生物の生存に対して有利に機能するが、両者の間で脱同調が慢性的に続くと生物の生存を脅かす存在となる。このことは動物実験に加えて夜勤労働者の調査でも示唆されており、具体的には、睡眠障害・精神疾患・心血管病・がん・糖尿病などの多岐にわたる現代疾患の発症に深く関与することが報告されている。また、健康上の問題に加えて、この脱同調は学習や労働などの効率に対しても負の影響を与える。したがって、脱同調が頻繁に起こる現代人の生活習慣や生活環境において、概日時計はもはや本来の役割を果たすことが困難であり、むしろ疾患の原因となる無用の長物に成り下がったと言えるかもしれない。

 本講演では、概日時計に関する国内外の研究によって現在までに蓄積されてきた知見を概説するとともに、ヒトの概日時計と労働時間の関係性について、とりわけ夜勤に着目して、海外の研究成果を紹介しながら私的な見解を述べたいと考えている。

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